癌との闘いと医療について - 食道癌闘病記と患者側からの一私見

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2008.06/09(Mon)

14. 突然の別れ 

前回(3/24)から随分日にちが経っていることもあり、また今回の内容が最悪の結果なので、アップするのを一月近くも躊躇していた。

このブログを読んで頂いている方々の中には現在、癌闘病中の方や治療後経過観察の方、またそのご家族の方々もおられると思っているので、結果が悪かったことを知らせるとそうした方々に何らかのマイナスの影響を与えてしまうのではないかと、デリカシーの面から何度も逡巡ししていた上に、私自身、ブログを書くにはなかなか精神的に立ち直れずにいたからだ。

実は、私にとって青天の霹靂ともいうべき突然の事態だったのだが、RURU(私の家人の愛称です)は先月13日早朝、以前書いた不定愁訴でいろいろと相談していた近所の病院で他界した。

4日間程、不調を訴え入院して胸水を抜いてもらうなどの処置をしてもらったが、最後は、静かに息を引き取ったようだ。(私は立ち会うことができなかった。)

表現が伝聞型で、???と思われた方もおられると思うが、
食事障害や術後の不定愁訴が少しも改善しないことに苛立ちを募らせていくばかりの彼女は、昨年11月頃から、私のところからそう遠くはない彼女自身の家で暮らすようになっていて、今年になってからは電話で話す以外では私には会わなくなっていたのだ。

私は小説家でもないのでつまびらかに書くことに多少のためらいを感じるが、やはり私たちのプライベートについて少し触れておかなければならないと思う。

このブログの中で私は彼女のことを家人と称し家内、妻とは呼んでこなかった。
もちろん、世間では家人とは妻のことを意味するのだが、8年間一緒にいたとはいえ入籍した正式な夫婦ではなかったし、ましてや彼女には長年別居してきた夫がいたので、内縁にせよ妻とよぶことにどこかはばかりを感じていたからだ。

9年程前に期せずして知り合った頃、彼女は社会人の息子がいることを打ち明けただけだったし、結婚に失敗したことのある私はその後一緒に住み始めてからも特に彼女と正式な夫婦関係になることも望まず、しかし、それなりに私たちは二人いつも一緒で時には近くに住む私の母や姉とも楽しく過ごし、たくさんの思い出をつくってきた。

ただ、一昨年9月に食道癌が判明してから、生きた心地がしない日々ばかりを経て、治療後の不定愁訴が続く中、彼女自身言っていたことだが、彼女の身体や心は以前とは大きく変わっていったのだといえるかもしれない。
昨年9月頃までは、あれほど死を恐れ何度も泣いていた彼女は、今思うと、そのころから生に対する執着心を失い始め最後の準備に入ることを決意し始めたのだと思う。
結局、11月に、「息子と一緒に居たい」と希望した彼女は自身の家に戻り、静かに療養していたのだった。

結果的に、昨年暮れや今年3月の検査では肺(リンパ)転移が認められたものの、彼女の言う通り異常なしと、私自身は信じていたし急変する直前まで電話で話していたので亡くなってから彼女の息子の話を聞き大変驚いたのだった。

彼女が最後の時を迎えたクリニックは、転移や再発があった場合に備え、様々なケースに対応してくれる病院として考えてあったのにと思うとかえすがえすも残念でならない。
ただ、私がいろいろな治療を勧めたとしても、転移・再発した場合はすでに無治療を決めこんでいた彼女は拒否しただろうが....。

最後は、自らの死をもって何かに償いをしたかのようにも思える彼女の通夜・葬儀には、私は立場上参列できず見送ることができなかった。
(先日、報道されていた歌手の都はるみさんの逆の形ですね。)
一昨年がんセンターでのケモラジがうまくいくと信じていた頃、彼女は、
「一息ついたら、籍のこともちゃんとするから」と言ってくれたが
彼女の癌は、そんなチャンスすら与えてくれはしなかったのだ。
彼女同様に、最初から治療方針や病院の選択など全て任せてくれていた彼女の息子の心遣いで霊安室で二人だけのお別れをさせてはもらえたが.....。

今となっては、癌の為に人生を急に終えることを余儀なくされた彼女の無念さを思うと、ただただ可哀想でたまらない。
同時に、彼女は私を大事にまた幸せにしてくれていたのに、もっと大切にしてあげればよかったと後悔の念も深くある。
私はこの半年彼女と一緒に居ない為不在感は感じていたが、しかし、今は決定的な喪失感が繰り返し襲ってきて、どうしようもなく寂しく辛い日々が続いている。

まだ、しばらくは一人で彼女を思い出し続けていたいと思っている。

PS:

今日は、彼女の四七日(よなのか)にあたる日でもあり、がんばって書いてみましたが、もう、一杯一杯です。
また、書き綴っても良ければもう少し落ち着いてからにします。
応援してくれていた方々も驚かれたと思います。
私の場合、立場から言えば彼女を救えて何ぼの感じでしたから、情けなさで一杯です。
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テーマ : ガン治療 - ジャンル : ヘルス・ダイエット

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